東京地方裁判所 昭和24年(行)44号 判決
原告 篠崎光治 外一名
被告 郵政大臣
被告 電気通信大臣
一、主 文
原告等の請求はいずれもこれを棄却する。
訴訟費用は原告等の負担とする。
二、請求の趣旨
昭和二十三年十月二十三日当時の逓信大臣が原告等に対してなした懲戒免官の処分はいずれもこれを取り消す。訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求めた。
三、事 実
原告篠崎は昭和十九年十月逓信局通信書記補に任官し、昭和二十年十月横浜郵便局管理課に勤務していたが、昭和二十二年十月以降は全逓信労働組合中央鬪爭委員として組合事務に專從してきたものであり、原告山内は昭和二十年九月逓信技手に任官し、昭和二十一年四月以降東京搬送電気通信工事局に勤務していた逓信技官である。ところが原告篠崎は、横浜郵便局に、原告山内は東京搬送電気通信工事局にそれぞれ勤務中いずれも連合軍の占領目的に影響を及ぼす行爲をしたとの理由により昭和二十三年四月十五日連合国軍事裁判所で原告篠崎は重労働一年罰金五万円、原告山内は重労働三年罰金七万五千円の判決を受け尚原告山内は同年七月十三日第一騎兵師団軍事法廷で僞証罪によつて重労働二年罰金六万七千五百円の判決を受けて、それぞれ服役したが、昭和二十三年四月中当時の逓信大臣は、原告等に関する右の事由はいずれも官吏懲戒令第二條第一項第二号に規定する「職務ノ内外ヲ問ハズ官職上ノ威嚴又ハ信用ヲ失フベキ所爲アリタルトキ」に該当するものとして、原告等に対しいずれも官吏分限令第十一條第一項第四号によつて、休職を命じ、尚同年十月二十三日附で原告等を懲戒免官にした。しかしながら右の懲戒免官の処分は次のような理由によつていずれも違法であるから取消さるべきものである。即ち
(イ) 原告等の懲戒処分の基準となつた官吏懲戒令第二條第一項第二号には「職務ノ内外ヲ問ハズ官職上ノ威嚴又ハ信用ヲ失フベキ所爲アルトキ」と規定せられ明文上明白に「所爲」が問題とせられているのみならず、懲戒処分は官吏の行爲に対する責任を追及することを目的とするのであるから、具体的行爲の有無が問題とされなければならないことは当然であつて、その有無の判断を除外して唯処罰を受けたという事実のみを目して右規定の「所爲アリタルトキ」と解するのは誤りである。
尤も原告等は前記の如く、既に連合国軍事裁判所において連合軍の占領目的に影響を及ぼす行爲ありとして一定の刑罰を受けたのであるからこの軍事裁判所の裁判はわが国家機関が別に国内法上の問題として原告等に右の様な行爲があつたか否かの点について判断する場合においては当然当該国家機関を拘束するとの見解もあり得ようが、占領下においても官吏懲戒処分はわが国の行政権の行使と謂う国内法上の問題であり、特に連合軍より具体的な命令のない限りはわが国家機関が国内法によつて自主的に独自の裁量を以てこれを行わねばならない行政処分である。連合国軍事裁判所は国際法上の違法行爲の責任を追及することを目的とし、国内法上の違法行爲を問題とするものではなく、從て或る行爲が国際法上違法行爲と判断されることがあつても、それが国内法上の違法行爲と判断し得るか否かは別に国内法上の問題を判断する権限を有する国家機関が国内法に從つて独自に判断すべきものである。よつてわが国家機関が官吏懲戒令第二條第一項第二号に該当する「所爲」の有無及びその價値を判断するに当つては連合国軍事裁判の有無及びその内容は右の判断の資料とはなし得てもわが国家機関はその判断につき右軍事裁判に拘束されることはないのである。從つて当時の懲戒機関である逓信大臣は原告等にかゝる行爲があつたか否かを審査し、もし原告等にかゝる行爲がありとせばそれが初めて官吏懲戒令の前記の條項に該当するか否かを判断すべきであるにかかわらず同大臣はその手続を践まず、原告等が單に連合国軍事裁判所で有罪判決を受け服役したという事実だけによつて原告等が、官吏懲戒令の前記條項に該当するものとして懲戒免官の処分に付したのであるから、かかる処分は明かに官吏懲戒令の前記條項の解釈を誤つたのであつてその違法なことは謂うまでもない。
(ロ) 仮りに原告等に被告の主張するような所爲があつたとしても、かゝる所爲は「ポツダム」宣言、極東委員会の十六原則、日本国憲法等により保障された労働組合活動としてなされた所爲であつて違法性のないものであるから、これを前記條項に該当するものとして懲戒理由とするのは違法である。
以上説明のように当時の逓信大臣が原告等に対してなした懲戒免官の処分は違法であつて取消さるべきものである、しかして昭和二十四年五月三十一日逓信省の廃止と郵政省及び電気通信省の設置に伴い逓信大臣の権限は郵政大臣及び電気通信大臣において承継することとなつたので、茲に原告等は被告等に対しさきになされた懲戒免官の処分の取消を求めるため本訴請求に及んだ次第である。
被告の答弁事実に対する認否及び主張
被告主張のような爭議行爲が行われたこと、原告等がその際被告主張のような組合役員であつたこと、爭議行爲の内容をなす電話回線切断の復旧を被告主張のように米軍將校が原告山内に要求したことはいづれもこれを認める、当時の逓信大臣が被告主張のように予め官吏懲戒委員会の議決を経たことはこれを爭う、原告山内は通訳の不親切なため、米軍將校の要求を合法的な命令と解することが出來ずこれを單なる勧告乃至注意の意味に解釈したため同將校の要求に從わなかつたのであるから、同原告の右の行爲を故意に出たものとするのは妥当でない、尚右爭議行爲は当時中央執行委員長の指令により行われていたものであるから、原告等はその指示を得なければ如何なる処置も出來ないと考え、その際米軍將校に対し原告等の解釈した同將校の勧告乃至注意はこれを直接中央鬪爭委員長に対してなさるべき旨回答した。仮りに原告等の行爲が故意に出たものとしても前記電話回線切断の復旧を要求する米軍將校の命令は後記のように極東委員会の日本労働組合に関する十六原則第五項の規定に違背し法律的拘束力なきものである。即ち前記電話回線の切断は前記爭議行爲の内容をなすものであるから回線切断の復旧を要求する米軍將校の命令は右爭議行爲の一部の中止を求めるものであり、極東委員会の日本労働組合に関する十六原則第五項には「ストライキその他の作業停止は占領軍当局が占領の目的ないし必要に直接不利益をもたらすと認めた場合に限り禁止される」旨定められているのであつて、当時前記の電話回線の切断は「ビーコン」新聞紙の需要命令を何等妨げてはいなかつたのであるから、原告等のなした前記電話回線の切断は右原則によればこれを禁止することは出來ないのであり、從て原告等が惡意によつて前記のように米軍將校の命令に從わなかつたとしてもこれを違法と認めることは出來ないのである。(立証省略)
被告訴訟代理人は次の通り答弁した。
(一) 主文と同趣旨の判決を求める。
(二) 原告等の主張事実中原告等の職務経歴、原告等がその主張の日連合国軍事裁判所でそれぞれ原告主張のように有罪判決を受けたこと、原告等主張の日当時の逓信大臣が原告等の主張するような理由で原告等を夫々懲戒免官にしたことはいづれもこれを認める、然しながら当時の逓信大臣が原告等になした本件懲戒処分は次の理由によつて違法でない。
(イ) 占領下においても官吏懲戒処分はわが国行政権の行使と謂う国内法上の問題であるが、本件のように官吏懲戒令に牴触するものと認めらるべき一定の行爲が連合国軍事裁判所の裁判によつてその存在を認められて刑罰に処せられ、その裁判の確定した場合にあつては同軍事裁判所の裁判はその裁判によつて確定された事項に関する限りにおいてはわが国家機関を拘束すると解するのが相当である。惟うにわが国が「ポツダム」宣言を受諾し、且つ降伏文書に調印した現状下においてはわが国の主権行使は一定の制限を受け又降伏文書の趣意に基いて昭和二十年九月二十日勅令第五四二号(「ポツダム」宣言ノ受諾ニ伴ヒ発スル命令ニ関スル件)が発布され、次でこの勅令に基き昭和二十一年六月十二日「連合国占領軍の占領目的に有害な行爲に対する処罰等に関する勅令」(昭和二十一年勅令第三一一号)が発布され同勅令第一條に規定する罪に係る事件については公訴はこれを行わない旨規定してわが刑事訴訟法の適用による公訴を排除し、又その第二條においては占領目的に有害な行爲からなる罪に係る事件についてはわが国の官憲はこれが公訴の提起義務あること。この公訴提起のあつた場合においても特定の事件についてその裁判管轄が連合国軍事裁判所に移された場合においては、その公訴を取消さねばならない旨規定せられ、わが司法権の行使は相当の制限を受けているのである。これらの趣旨からすれば連合国軍事裁判はわが国の裁判に対し拘束力を有しており、この理はわが国の行政権行使の場合においても同様である。
よつてわが行政官廳は原告等を懲戒免官とするを妥当とするや否やについては、右のように拘束力ある連合国軍事裁判所の判決によつて原告等に連合軍の占領目的に影響を及ぼす行爲ありと認定した次第である。
次に本件懲戒処分の手続について説明すれば凡そ行政官廳の長官といえどもその恣意によつてみだりに官吏を懲戒免官とすることが出來ないことは官吏懲戒令の各條項の規定よりして明かであり、本件についても本属長官は官吏懲戒令の規定に從い懲戒委員会の審査を要求し、同委員会において原告等が右のように連合国軍事裁判所の有罪判決を受けるに至つた行爲を目してわが国の官吏として官吏懲戒令所定の「官職上ノ威嚴又ハ信用ヲ失フベキ所爲」であると認定の上議決し、その旨本属長官に覆申したので、本属長官である当時の逓信大臣がこの議決によつて原告等のなした犯罪の性質、科せられた刑罰の種類、軽重、及び犯情並びに官吏秩序保持の必要等諸般の事情を考慮し、原告等を懲戒免官にしたのであつて、このように懲戒免官の基礎となる原告等の行爲は拘束力ある軍事裁判所の裁判によつてこれを認め、その処分は官吏懲戒令所定の手続を践んだものであり、且つ如何なる処分に付すべきや否やは諸般の事情を参酌しこれを免官とするのを相当と認めてこの処分を行つたのであるから、本件懲戒処分はいずれの点からするも違法でない。
(ロ) 仮りに連合国軍事裁判所の裁判がわが国の行政権、司法権を拘束しないとしても同軍事裁判所の裁判書及びこの裁判の事実認定に供せられた証拠資料はわが国の行政官廳及び裁判所がその職務上一定の事実を認定するに際しても亦これを証拠資料となし得ることは採証の法則からしても当然のことである。そこで原告等に占領目的に有害な行爲があつたか否かを軍事裁判の訴訟記録についてこれを檢討すれば、
(1) 全逓東京搬送電気通信工事局支部は全逓中央鬪爭委員長の指令に基いて昭和二十三年三月二十六日午前零時を期して二十四時間罷業を行つたのであるが、同支部はその際東京毎日新聞社及び大阪毎日新聞社を通ずる專用電話線二回線の内一回線を残してこれを切断した。然るに右專用線は英濠軍新聞紙である「ビーコン」紙の共用するものであつたため同日午後五時頃英濠軍の「クライトン」軍曹及び東京毎日新聞社草野栄三郎が前記工事局に來て同局支部鬪爭委員長である原告山内に対し文書を交付して回線の復旧を求めたが、同原告はこの要求に應じなかつた。次いで米第八軍の「クローリー」中尉が同日午後七時頃再び原告山内に対し口頭を以て即時復旧を命じたが、同原告はこの要求をも拒絶した。よつて同原告は昭和二十三年四月十五日連合国軍事裁判所で右の行爲を連合国の占領目的に有害な行爲と認められ、重労働三年、罰金七万五千円に処せられたところ、尚同原告はこれより先同月十三日同軍事裁判所の公判中宣誓を破つて故意にさきに作成された同人の口供書は脅迫によつたものであると事実をまげて虚僞の陳述をしたので僞証罪として起訴され、同年七月十三日第一騎兵師団軍事法廷において重労働二年罰金六万七千五百円に処せられ、
(2) 原告篠崎は原告山内が前記のように「クローリー」中尉から即時回線の復旧を命ぜられた際当時全逓青年副部長として全逓中央鬪爭委員会から前記工事局支部に派遣されていたところ、原告山内と共に回線復旧方の措置について「クローリー」中尉に対し公式文書の交付を要求して回線の復旧を拒絶したため、同原告も昭和二十三年四月十五日連合国軍事裁判所で右の行爲を連合軍の占領目的に有害な行爲と認められ重労働一年罰金五万円の刑罰に処せられたもので、右の各事実は右軍事裁判記録(乙第四号証ノ二)の内ブライク曹長、草野栄三郎、クローリー中尉、マヘドノチ曹長、野沢正三郎、ジヨン・シヨーフイールド少佐、原告山内、同篠崎の各証言の記載、及び乙第六乃至第八号証の各記載を綜合して認め得るところである。しかして本件につき懲戒委員会は右のような各証拠資料によつて原告等の右のような行爲あることを認め、これらの所爲を官吏懲戒令所定の「官職上ノ威嚴又ハ信用ヲ失フベキ所爲」と認め本属長官は同委員会のこの議決によつて原告等を前記説明のように懲戒免官の処分にしたのであるからこの処分は違法でない。(立証省略)
四、理 由
原告等がいずれもその主張するような職務経歴を有していたこと、原告等がその主張の日連合国軍事裁判所でその主張するような有罪判決を受けたこと、及び原告等主張の日当時の逓信大臣が原告等の主張するような理由で原告等を懲戒免官にしたことはいずれも当事者間に爭がない。
そこで本件の懲戒処分が違法であるか否かの点につき順次判断を進める。
原告等は、本件懲戒処分は原告等が連合国軍事裁判所において重労働の刑に処せられ服役したという「事実」をその対象としたと主張するが、眞正に成立したと認められる乙第一乃至第三号証、第六乃至第八号証によれば右処分は軍事裁判所において認定せられた原告等主張のような行爲に対してなされたものであることが認められる。
次に当時の懲戒機関において、原告等に占領目的に有害な行爲があつたか否かを独自に審査することなく專ら軍事裁判所の裁判によつて認められた事実に準拠して懲戒処分にしたことが違法であるか否かの点を考えてみるのに、この点は從來一般に先決問題即ち或る訴訟事件において、その裁判をするに当り、その理由として先づ決定することを要する問題で、しかもその問題の性質が本來他の裁判所の権限に属する場合として論ぜられるところであつて、これをわが法制についてみるに、先決的関係については先決事件の判定まで当該訴訟事件の審理を停止すべきものとする法規なく、わが法制の下にあつては本案を判決する裁判所において自ら先決問題を審理する権限ありと謂わねばならない。しかしながらその先決問題が既に他の国家機関の正当の権限内において決定せられた場合においては、他の国家機関といえどもこれを尊重せねばならず、これに対し訴訟を提起し又はこれを取消し得べき権能を有するものが、これを爭い又はこれを取消す手続が認められている場合の外は、他の国家機関といえどもこれが違法であるや否や、公益に反するや否や、又はその他取消の理由あるや否やを審査する権能なきものと解するのが相当である。從つて司法裁判所が先決事件につき判決をしその判決が確定した場合においては、その確定力の及ぶ範囲にあつてはその判決は他の国家機関(例えば行政機関は勿論他の司法裁判所)をも拘束するものと謂うべきである。しかしてわが国が「ポツダム」宣言を受諾し、降伏文書の調印によりわが国の国家統治の権能が連合国最高司令官の制限の下におかれている現状にあつては、連合国軍事裁判所の裁判は現にわが国を統治する機関の行爲として当該事件の認定については当然わが国の国家機関を拘束すると解するのが至当である。そうしてみると、本件懲戒処分手続遂行に当つては、懲戒機関たる本属長官は原告等の犯罪の有無その主観的要件たる責任能力、犯意過失、客観的要件たる違法性の問題の認定につき、既に確定した連合国軍事裁判所の判決に拘束せられ独自にこれを審査する権能がなかつたものと謂わねばならない。そして同軍事裁判所の判決は原告等に犯罪の違法を阻却すべき何等の事由をも認めなかつたことも明かであるから、本件懲戒処分に当り当時の逓信大臣が、独自に原告等に占領目的に有害な行爲があつたか否か、又その行爲に違法阻却の事由があつたか否かその他犯罪の情状等の点につき審査することなく連合国軍事裁判所の確定判決に準拠してこれを認定したことは違法でない、よつてこの点に関する原告等の主張は採用できない。
次に本件懲戒処分に当り本属長官たる当時の逓信大臣が、官吏懲戒委員会にその審査の要求をする等官吏懲戒令所定の手続を践行したことは当裁判所が眞正に成立したものと認める乙第一乃至第三号証第六乃至第八号証の各記載によつてこれを認めることが出來、原告等のなした行爲の性質、犯情、科せられた刑罰の種類を、司法裁判所において禁錮以上の刑に処せられた場合は当然失官の事由とされていること、わが国が現在連合国の管理下におかれている特殊事情等諸般の事情と併せ考慮するときは、本属長官たる当時の逓信大臣が官吏懲戒令所定の懲戒方法中免官の処分を採択し原告等を免官処分にしたことは相当であると謂わねばならない。
以上説明した通り本件懲戒免官の処分はいずれの点からしても違法ではないから、その違法なことを理由としてその取消を求める本訴請求は、その他の爭点につき判断するまでもなく失当であるから棄却すべきものである。よつて訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九條、第九十三條第一項本文の各規定を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 近藤完爾 大沢龍夫 渡辺忠之)